占い探偵Mrムーン「ロゼカラーの少女」


第2話:「1/2のギャラリー」


華々しいレセプションもなくオープン初日を終えた。
最後の一人としてギャラリーに残るユキ。

(ユウイチ…なんか寂しいね)
(もう誰もいないよ…)

ユキはユウイチと付き合いはじめた頃のことを思い出す…。

画廊で出会ったころのユウイチとは違う活力感。
制作活動に疲れている様子も見えなかった。
口には出すまいと決めたものの将来への不安は大きい。
わずかなバイト収入を合わせて2人の生活を支えている現実。
それでも今日という日を必死に生きるしかなかった。
2人で外に出掛けるときはいつもユキの提案だった。

『気晴らしに海でも行かない?鎌倉』
「…まだ寒くないか?」

返事を渋るのはユウイチのクセみたいなものだ。
そんなやりとりとは無関係に2人は春の海辺へ…。

『なんか遠足みたいだね!ほら』

子供のようにカモメを追いかけるユキ。

波は荒れていたが風はさほど冷たくもない。
ユキがユウイチの手をとって波打ち際へと誘う。

『えっ…なに?』

ユキは彼の腕に異変を感じた。
袖をめくると無数の切り傷が浮黷驕B
(ペインティングナイフ…!)
オイルに溶けた青が袖の裏にも付いていた。

『やだ、どうしたの!』
「……」

うつろな目で黙り込むユウイチ。

『お願い!教えて!どうして…』
「……」

ユキの目から涙が溢れだす。

『いいの…ごめんね』

まだ腫れている腕をさすると血が滲んできた。

『ごめんね…痛かったでしょう』

ユキは迷わず傷口に唇を当てた。

『ごめんね…』

ユキの震える声は波の音にかき消されていく…。

ユウイチは胸のポケットから何かを取り出した。

「これ受け取ってくれないか?」
『指輪…?』

西日でオレンジ色に染まったその指輪は新しいものではない。
ユウイチは黙ってユキの手を包んだ。

『ユウイチ…』

その時、確かに彼は首を横に振っていた。

ユキは指輪を見るたびにその日のことを思い出してしまう。

(これ、あなたがくれた指輪…)
(どうしたらいい…?)

「コツッ、コツッ」

ャtァーにもたれかけたとき、入口のドアが叩かれた。

(誰だろう?こんな時間に…)

『はーい、いま行きます』

ガラス製のドアの前には撫を曇らせた長身の男が立っている。

『ごめんなさい、今日はもう終わりなの』
「ああ、それは…わかってるよ、でも」
『でも?』
「で…も…ぉ」
『何ですか?』
「トイレ貸してくれないか?あっちかな…」
『え…あ、あっちです』

と言っている間に「カチッ」とトイレの鍵が閉められていた。
数分後、再び出てきた男にユキが声をかける。

『大丈夫ですか?』
「ええ、おかげで助かりました。垂オ遅れましたが私はこういう者で…」

男は胸ポケットから名刺を差し出した。
(占い探偵 Mr.ムーン…)

『あなた探偵さん?しかも変わった名前…』
「恋愛・人生…気軽に連絡してくれたまえ」
『せっかくですけど、ご心配なく」

ムーンはユキの目をのぞき込むように近寄ると、

「さあ、それはどうかな…」
『私の顔になんかついてますか?』
「ま、また来るよ。芸術鑑賞に…ね」
『そういうことなら、歓迎します』

帽子をかざしながら立ち去るムーンを横目で見送るユキ。
(Mr.ムーンか…変な人…)

ユキは彼の名刺をテーブルに置いまま、あの絵へと向かった。
絵の中の少女はもちろん無言。
それでも言葉にならない想いが伝わってくるようにも思える。
視線で、そして指先で何かを語っている。

以前、ユウイチに絵のことを聞いたことがある。

『なんでこのコは髪を切っているの?』
「じゃあ、ユキは?」
『イメチェンとか…色々だよ』
「同じだよ」
『自分で切らなくても…』
「彼女に聞いてみたらどうだ?」

彼の説明は理解できなかった。
確かなのは少女の顔がどことなく自分に似ていること。
ユキもそのことだけは彼に聞けないままだった。

翌朝、いつものようにギャラリーに着くと昨夜の男がいた。

『早速、来てくれたんですね?ムーンさん』
「いいよね、この絵は」

ムーンは親指で壁を指した。

『ロゼカラーの少女。彼との記念の絵なの』
「彼って?もしかして…」

ユキは思わず目をそらした。

「なるほど…ヤスダユウイチはキミの恋人だったんだね」
『過去形にしないで下さい』
「それは失礼。お詫びのしるしにお茶でもご馳走しますよ」
『遠慮します。これから免許の更新に行かなきゃならないし…』

ムーンはペンをとってメモ用紙に書き出すと、それをユキに渡した。

「今夜、この店で待ってるよ。遅くてもかまわない」
『行きませんから』

突き放すユキにムーンは続けた。

「ところで、あの絵の少女はキミがモデルなのかな?」
『えっ…?』


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