占い探偵Mrムーン「ロゼカラーの少女」


第4話:「心の空」


ギャラリーにはそこそこの客が入っていた。
個展開催の記事が有名な雑誌にもいくつか掲載されていたからだ。

もちろんそれはユウイチが生きていた当時の記事である。
したがって、ユウイチの死を知らないままここを訪れる人も多い。

壁に掛けられたのは全部で19点の絵画。
大作と呼べるような大物は見当たらない。
あったとしても小さなギャラリーでは壁に穴でも開けない限りは鑑賞が難しい。

ユウイチの作品に共通するテーマは「空」だった。

「人は空を見上げては自分の空と比較する…」

これはコンクール受賞の際の彼のコメントである。
彼の描く空とは人の心の中に広がるものであり、心を映す鏡にも例えられていた。
澄みきった青空かと思えば、突然に雲があらわれ、やがて雨が落ちてくる。

「人の心は空のように移ろいやすく、多彩だ」
「もしこの世に神が存在するのであれば、人は神よりも創造的と言えるのではないだろうか」

これもユウイチが口ぐせのように言っていたセリフである。
ある日、ユキが聞いてみた。

『あなたの空はどんなの?』
「星のない夜ってとこかな…」

ユウイチはあっさりと自分の空を言葉で描いてみせた。
そのときこそ冗談だと思っていたが、今となってはそうでもない。
実際に彼の絵のモチーフとなったのは人そのものである。
老人や青年、母親、赤ん坊と老若男女のすべてが描かれていた。
もしかするとユウイチは誰かの空に憧れていたのかも知れない。
ユキはユウイチの言う空に作品を重ねてみてはそう思っていた。

「ロゼカラーの少女」もそんな作品の中の一つなのだろうか…。

「この絵は譲って下さるのかしら?」

一人の婦人がユキにたずねてきた。

『垂オわけございません。この絵だけは非売品なんです』
「あらそう、残念だわ…」

ユキの答えに婦人は目を細めた。

『お気に召されましたか?』
「ええ、今日見た中では一番いいわね」

入口から最も遠い壁に飾られているせいか、この絵の前で立ち止まる人は多かった。
それでも具体的に興味を示した人はおらず、ユキが声をかけられたのも今回がはじめてのことだった。

「あなた、この絵の不思議さに気付いて?」

婦人は物腰の柔らかい口調でそう聞いてきた。

『不思議さ…ですか?』

ユキが思わず聞き返した。

「そう。わたしも最初は気づかなかったけど、さっき偶然に見つけたの」
『それは、わたし…』

ユキは描かれた少女が自分に似ていることを言いかけたが、すぐに止めた。
もちろん興味はあったが、答えを知ることはそれ以上に恐かったからだ。

「じゃ、これはあなたへの宿題ね」

そんなユキの心を見透かしたかのように婦人は話をまとめてくれた。

「それと、作家さんがここに来られるのはいつかしら?」

婦人が思い出したように聞いてきた。

『残念ですが、ヤスダが来ることはありません』

ユキがはっきりとした口調で答えた。

「最終日にも来ないの?」
『はい。ヤスダはこの個展が開催される少し前に事故で亡くなりました』

「そう…。お会いしたいと思ったのに残念だわ」
『ええ、せっかく来ていただいたのに…すみません』

ユキは自分の名刺を渡したのち、ギャラリーの外で婦人を見送った。

客観的な立場でユウイチの死を告げることがユキにとっては苦痛だった。
この個展が終わったときこそ彼の本当の終焉だと思っていたからである。
また、ユキ自身もそこから再出発しようと考えていた。


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