Message〜幸せの伝言〜
第2話:【それぞれの想い】
「どこに住んでいるの?一人暮らし?」
彼は窓に映る目をアミの方に移して聞いてきた。
『うん。反対側の出口から10分くらい歩いたとこかな。あなたもこの近く?』
「今はワケあって、川の向こうにある公園でテント暮らし。ホームレスってやつ」
『そうなんだ…大変だね』
「だから今日はとびっきりのごちそうだよ。もう当分食えないだろうな…これ」
20歳でホームレス。
そんな事実を叩きつけられても、不思議と同情心は沸かなかった。
彼の明るさが現実以上にたくましいからだ。
アミは何不自由なく暮らしている自分が弱々くも思えた。
(妊娠したからといって死ぬわけじゃあるまいし…)
『ねえ、こんなこと聞いても…』
アミが子どものことを話そうとしたタイミングでウェイターがやってきた。
「ナスとシーチキンになります…が。あ、こちらで」
真っ白な皿にトマトの赤、バジルの緑がキレイに映えている。
「なに?」
『ううん、なんでもない。ね、それより食べようよ。おいしそうだね…』
アミはスプーンの上でフォークをクルクルっと回しながら器用に麺をすくった。
ヒトミがそれ真似をしようとしても上手くは出来なかった。
見かねたアミが彼の手をとりながらそのコツを教える。
そんな2人には共通の趣味とか余計な話題の必要性がなかった。
約束どおりヒトミが支払いを済ませると2人は店を後にした。
さっきよりも通りの人影はまばらになっている。
再び駅に近づくと彼とは別のテイストをもった音楽が聞こえてきた。
『あなたもここでやったらいいのに。人通りも多いし』
アミの言うとおり、ここを通る人の数はガード下のそれをはるかに上回っていた。
「そうだね。でも、俺はガード下でいいんだ。キミもあの道を通るだろ?」
『そうだけど…。プロとか目指しているんじゃないの?』
「目指すとかじゃなくて、欲しいんだ…もっと大切なもの」
また笑いながらそう答える彼に、アミもそれ以上聞こうとはしなかった。
「じゃ、ここで。また来週かな」
『うん。おやすみ』
別れを告げて先に歩き出したのはアミの方だった。
アミが振り返っても彼はその場を離れることもなく…軽く手を振るだけだった。
まるで誰かを待っているかのように…。
部屋に戻ったアミは明りをつけると同時に母の携帯へ電話をかけた。
『もしもし、お母さん?わたし、アミ』
「アミ?どうしたの?」
『うん、ちょっと…ね』
「こんな時間に電話なんて…今日、お父さん出張なのよ。でね…」
母が勝手にしゃべり出すのは今日に限ったことではない。
父を早くに亡くした母は母子家庭で育ってきた。
根っからの心配性でアミがこっちに来てから送られてきた手紙は30通をこえていた。
母が携帯を持ったのはつい最近のことである。
それでも連絡するのはいつもアミの方からで、母は相変わらず手紙をよこしてきた。
今はメールの打ち方を必死に覚えているらしい。
先々週に届いた手紙にそう書いてあった。
手書きの絵文字にカッコつきで練習中と記されていたのには思わず笑ってしまった。
アミは母のそんなところが大好きだった。
『ねえ、お母さん…わたし』
「え、なに?」
『ううん、なんでもない』
「変な子ね…。どうしたの?」
『大した話じゃないから…』
「でも、気になるでしょ?」
『いいの。あ、お正月には長崎もどるから。うん、もう切るね』
アミは電話口で泣きそうになる自分を必死に抑えていた。
「ほんとにいいの?」
『うん』
「じゃね、元気でね。風邪ひくんじゃないよ」
携帯を閉じると同時にこらえてたものが一気に溢れだした。
不倫、妊娠、中絶…母の知らない娘が直面している現実。
アミはこの世のすべての不幸を一人で背負っているかのように感じていた。
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