Message〜幸せの伝言〜


第3話:【2つの家族】


週末もその翌週も、アミは就職活動もままならず、部屋の掃除ばかりしていた。
たまに外に出たとしても、駅の改札を通る気にはなれなかった。
アミの中に育つ命は日を追うごとに彼女を責め立てた。
責めているのが自分自身であることもよく分かっている。

気がつけば彼が歌う金曜の夜も過ぎようとしている。
慌てて着替えを済ますと、アミは真っ直ぐガード下へと走った。
しかし彼の姿は見当たらず、酔ったサラリーマンが壁にもたれて鼻歌を歌っている。

(あ〜終わっちゃった…)

アミはわざと遠回りして帰ろうと駅の方も足を向けた。
目の前には父と母、そして高校生らしき女の子が仲よく歩いている。
3人の後姿には幸せな家族という言葉がぴたりと当てはまる。
そんな家族の後をつけるようにして、アミは駅の中へと入っていった。
10メートルくらい進んだところでその足を止めた。

(あ…)

そこには昨日と同じように立ちつくす彼、ヒトミの姿があった。
アミは声をかけずにその様子をうかがう。
ヒトミはアミの存在に気付くこともなく、彼は自動販売機のある奥の方へと歩いていった。
アミも静かにその後を追う。

(わたし、何やってんだろう?探偵じゃあるまいし)

やがて人影も見当たらなくなり、駅の一画は2人だけの空間へと変わっていった。
今、彼が振り返れば何て言うのだろう?アミはドキドキしていた。

「女の子みたいな名前だと思ったでしょ?」

アミの鼓動を感じたかのように彼が振り返ってそう聞いてきた。

『あ、ごめん。そんなつもりじゃ…』

「別にいいよ。それより、俺の名前。ヒトミっていうのはこれなんだ」
『え?』

彼が指したのは古いコインロッカーの一つである。

「ここが俺の故郷だよ。縦と横、奥行きが60センチメートルの暗いボックス」
『このロッカーがあなたの故郷?』

「そう。20年前、生まれたばかりの俺はここで置き去りにされたんだ」
『……』

「これと一緒にね…」
『それは…』

ヒトミは腕のネックレスをアミの方に向けた。

「13番がそう、1と3でヒトミ。俺を保護したお巡りさんがそう呼んだらしい」

そう言う彼の顔に悲壮感はない。
むしろ、本当に故郷に帰ってきたかのような笑みさえ浮かべていた。
アミは彼の言葉にうなづくこともこたえることもできなかった。

「すぐに施設に預けられて、10歳のとき運よく養子に拾われた。その後は…」

彼は同じ口調で自分が捨てられてから今日までのことを語ってくれた。

養父母の間に男の子が生まれたとき、一人で家を出たこと。
高校には行かず、住み込みでアルバイトをしていたこと。
いつかは母親に会えると信じて、ガード下で歌い続けていること。

世間的には不幸な話も彼にとってはそのすべてが幸せだったという。
彼が預けられていたという施設が児童虐待で有名なことくらいはアミも知っていた。

『でも、顔だって知らないんでしょ?』
「これが縁をつないでくれる…そう信じたいんだ」

彼は手首に巻いたネックレスをもう片方の手でつかんだ。
遠くから聞こえてくる乗り換え案内のアナウンスはBGMにもならなかった。
彼の過去という真実の前では他のすべてが雑音に聞こえてしまう。

その時…

『ママ、こっち!パパもほら、早く!』

パタパタと足音を鳴らして走ってくるのは、さっきまでアミの前を歩いていた女子高生である。

「なんだこっちか…」

彼女の父親が切れた息で漏らし、その後に母親もついてきた。

『えっと…あっここだ。ナナの7番!』

ロッカーからブランドもののバッグを取り出す娘の横で父親がつぶやいた。

「お前はいつも7番だな…ナナの7番か。じゃ、パパは88番だな」
『なにそれ〜。そんな番号ないよ』

その時、母親は我が娘の真横にいるヒトミの存在を意識していた。
彼の腕に光るネックレスに確かな覚えがあったからである。


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