Message〜幸せの伝言〜
第4話:【メッセージ】
彼も母親の視線に気付いたのか、さっきまでの撫が一変した。。
2人の緊張とは無関係に父親と娘がたわいもないやり取りを続けている。
アミはその不可思議な光景をただ見守るしかなかった。
「かあさ…」
彼が思わず声に出した。
『ごめん、お待たせ!』
その震える問いかけは無邪気な娘の声でかき消されてしまった。
「さ、もう行こう。帰ったら勉強するんだろう?」
『うん。でも、大丈夫。ね、ハワイの約束ちゃんと守ってよ?』
「ああ、大学に受かったら、世界一周でもいいよ」
『ほんとに?絶対?』
「もちろんさ。受かればの話だけどね」
『ねっ、ママも行くでしょ?』
「……」
『ねぇってば…。聞いてるの?』
「…あ、うん。そうね…」
『パパは覚悟しておいた方がいいよ。お金のこととか』
「来年までに稼ぐしかないな…。ハハハ」
幸せという影を残して3人の親子がその場を立ち去っていく。
「か…」
ヒトミはかすれた声を吐きながらその場に崩れ落ちた。
ついさっきまで見せていた笑顔は消え、悲しみだけが彼を包む。
アミはそんな悲しみをも覆うように彼の体をそっと抱きしめた。
『もういいよ』
「いや…」
『ね、帰ろう?ね…』
「……」
彼が膝を立てかけたそのとき、娘の母親だけが走って戻ってきた。
母親の細めた目にはうっすらと涙がにじんでいる。
小刻みに震える肩で何かを伝えようとしているかに見えた。
母親は無言のままヒトミに手紙のようなものを差し出す。
彼もまた無言でそれを受け取るとすぐさま中を取り出して開いた。
《いつかこれを渡せると信じて書きます。あなたを産んだとき…》
淡いブルーの便箋はやさしく丁寧な文字で埋め尽くされていた。
母親は両手で口を押さえながら、小さな頭を深々と下げた。
彼は首を真横に振りながら精一杯の笑顔を見せてあげた。
20年振りの再会。
彼の手首からはずされたネックレスは母親の首へとかけられた。
言葉のないやり取りはなんかの儀式にも例えられそうだ。
気持ちが通じ合う…というのはこういうことなのかも知れないとアミはそう思った。
そして、再び別れの時…。
彼はポケットからペンを取り出し、ゆっくりとその先を走らせた。
(俺を産んでくれて…)
「アリガトウ」
無機質なロッカーの扉にはただひと言、感謝の言葉が刻まれていた。
母親は大粒の涙をボロボロと落とし、床に手をついてまた頭を下げた。
「……」
母の姿は同じでも、さっきの家族とは違う親子の愛がここにもある。
別れのあと、彼は静かに口を開いた。
「アミ…俺、家族が欲しい…」
それから一ヶ月が過ぎた。
東京に初雪が降ったその日、アミは21歳になっていた。
ヒトミと暮らしはじめて、わかったことがいくつかある。
誰かを想って生きることの喜び。
誰かと比べることができない幸せ。
そして…本当に伝えたい言葉。
これから生まれてくる子どもが今のわたしと同じ年になったとき…。
それを想像するだけでも胸がいっぱいになってくる。
窓の外はうっすらと白くなっていた。
積もっては溶け、溶けては積もる雪…。
心の中に降り積もる雪もやがて思い出に変わり永遠のものとなるのだろうか。
アミは曇ったガラスに指先を当て、ゆっくりと動かした。
(わたしの子どもになってくれて…)
『アリガトウ』
書き終えたと同時に母からはじめてのメールが届いた。
《アミ、21歳の誕生日おめでとう。東京は初雪らしいね…》
母らしい、丁寧でちょっと他人行儀なお祝いのメッセージ。
ゆっくりとボタンを確かめるようにこれを打ったことだろう。
最後はこう結んであった。
《21年前の今日、長崎にも白い雪が降っていました…m(^o^)/~》
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