占い探偵Mrムーン「雨上がりの奇跡は涙色」


第1話:「空回りの通学路」


雨上がりのアルファルトはキラキラと輝いていて、歩いても走っても気持ちがいい。ヨウコは6時10分の夕日を背にしながら、いつものように自転車を走らせていた。駅の駐輪場から自宅までの距離はわずか10分。マックもなければ、CDショップもない、つまりはなんにもない。とにかく寂しい通学路だ。高校3年生というどうでもいい肩書きは電車の中での受験勉強を日課にさせてくれた。その後の自転車は先のような理由により、とにかくゆっくり走るというのが鉄則になってしまった。

カメみたいにのろのろと走ればちょっとした変化にも気づくことができる。道端に咲く紫陽花(アジサイ)の花の列。近所の小学生が植えたという花壇は雨の季節に爽やかな彩りを添えてくれた。夕日を浴びるアジサイを見れば、今日という憂鬱な一日とも一瞬でお別れできそうな気分になれる。確か…朝の12星座占いでは晴れと雨の両方のマークが出ていたような気がする。生まれつき奇跡とか偶然という言葉が嫌いだった。占いやオカルトっぽい話も敬遠してしまう。そのわりにはなぜか涙もろく、小さいころは泣き虫ヨウコと呼ばれていた。からかわれてはまた泣くという悪循環がねじ曲がった性格をつくってしまったのだろうか。

(いいことも悪いことも、結局なんにもなかった…気にするだけ損ね)

ヨウコは赤信号と気づかずに交差点へと入っていた。

《キッ!キィー!》

真横から迫る赤いトラックが見えた瞬間、ヨウコはその場に倒れてしまった。頭の中は真っ白、その混乱の中でとりあえずは自分の場所を探した。カラカラと回る車輪に左手をかけるヨウコ。なんとか自分の体と自転車の無事を確認したとき、トラックの男が声をかけてきた。

「キミ、大丈夫!?」
「……」

頭は打っていないのになぜか声が出なかった。首を左右に振ってはじめて周囲の状況が理解できた。

「体はなんともない?」
「ごめんなさい、わたしアジサイを見てたら急に…その」

「アジサイ?ああ、あれね…いや、それよりケガは?」

ふらつくヨウコを助けるように男は自転車を起こしてくれた。

「どこか打っていたら大変だから、とりあえず病院に行こう」
「あの、ほんとに大丈夫ですから…」

赤信号で進入したのはヨウコの方で運よくトラックとも接触してはいなかった。慌ててブレーキをかけた自転車が勝手に滑って転んでしまっただけのこと。横断歩道の白いペイントは雨の残りで濡れていた。ヨウコは恥ずかしく思ったのか、とにかくその場から立ち去ろうとしていた。

「ほんとうに大丈夫なんだね?」

ヨウコは「大丈夫です」とこたえながらも右ひざの痛みをこらえていた。濡れてしまったサドルに座り、ようやく自分の無事を確認できた。ペダルに足を掛けてこぎ出すも、どうも様子がおかしい。半回転ほど空回りした細い車輪、その場を動くのには必要な部品が一つ足りなかった。

「そりゃ、チェーンが外れていたら走れないさ」

中腰になった男はニコっと笑ってそう指摘した。



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