占い探偵Mrムーン「雨上がりの奇跡は涙色」
第2話:「木曜までの片想い」
「はい、これでよし…と」
男の声とともに外れたチェーンは元通りになっていた。決して歩けない距離ではない。しかし、ヨウコが断るよりも先に自転車の方が直ってしまったのである。
「あの、ありがとうございます」
「これでも一応、バイク屋だからね…ほら?」
ヨウコはバイク屋と聞いて彼とは初対面でないことを思い出した。彼の経営するバイク屋はここから5分とかからない場所にある。赤地に白の「RED DRAGON」という看板がそれだ。2ヶ月くらい前のことだろうか、釘を踏んでパンクしてしまった自転車を直してもらったことがある。ヨウコはバイクも自転車も大して変わらないものと思っていた。とにかく困っている雰囲気を察した彼は今日と同じく何も言わずに修理をしてくれた。帰ってから母にそのことを話すと「あんた、あそこバイク屋さんよ…」と言われて、少し恥ずかしい思いをしたものだ。
「あの時の…バイク屋さん?」
「思い出してくれた?確か…あの日も学校帰りだったね」
よくよく見ると、彼は赤の作業着に納車帰りと思われるトラック。2人の再会は衝突寸前でチェーン修理のおまけ付きとなった。
「じゃ、またなにかあったら気軽に寄っていってよ」
彼は小さなクラクションを鳴らした。はじめて会ったときに最低限のプロフィールを聞いたことがある。ショップのネーミングはリュウという彼の名前を取ったもの。REDは彼の好きな色。21歳の若さでショップを切り盛りするにはぴったりのカラーだ。
翌日の帰り道はいつもの通学路を少し遠回りして、リュウのショップの前を通った。ショーウィンドウ越し見える赤い作業着を横目に確認して、そのまま通り過ぎるだけである。いつしかそれが習慣となり、水曜がお休みとわかった日はなぜか嬉しかった。水曜のリュウが朝何時に起きて、昼に何を食べて、どういう夜を過ごし方をしているのか?その妄想はヨウコの退屈な一日を助ェに満たしてくれた。
ヨウコは恋をしていた。恋する理由なんて探さなくともそこら中に転がっている。格好いいとか、面白いとか、頭がいいとか…確かにそれも理由の一つである。しかし、今の気持ちはそのいずれにも依存してはいない。しいて言えば、やさしさに触れたということだろうか。兄でもなく、先輩でもない。リュウは誰がなんと言おうと絶対に未来の恋人。2週間続いた片想いは時間が経つにつれてその勢いを増した。
(明日の帰り、ちゃんとお礼を言いに行こう…)
雨の帰り道、いつものように遠回りした先には目的の姿が見当たらなかった。木曜だというのに店のシャッターは降りたままである。
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