占い探偵Mrムーン「雨上がりの奇跡は涙色」
第4話:「3つの約束」
「あなたは誰なの?」
ヨウコが男に聞いた。突然現れたかと思えば見ず知らずの自分にあれこれと質問してくるのである。「彼を助けたい…」という気持ちはわかったが、その素性が不明なことに変わはりない。
「私は通りすがりの探偵さ」
「探偵?」
「ああ。でも、ただの探偵じゃない…占い探偵Mr.ムーンだ」
その言葉を聞いたヨウコはマンガの世界にでも迷いこんだかのような錯覚を覚えた。ただでさえ胡散臭い職業、おまけに苦手で嫌いな占いまでもがくっついている。怪しい尽くしのこの男の存在は疑惑と迷惑の中間に位置していた。
「あの…ムーンさんは彼の、リュウのお友達なの?」
「いや、そうじゃない」
「じゃあ、どういう関係?」
「どうもこうもないね。つまりは無関係さ」
ヨウコの質問にムーンは即答で返していった。赤の他人でもある探偵が干渉する理由などどこにも見当たらない。不信感をあらわにしたヨウコが続ける。
「ムーンさん、あなたの占いで彼を助けられるの?」
ムーンは冷静な対応を示した。
「いや、それは難しいな。ただ…」
「ただ…なに?」
「ただ、キミが信じるのであれば話は別だがね…」
「どういう意味?」
ヨウコが強ばった撫槐聞いてきた。ムーンは手帳を取り出して、ささっと書いた一枚をヨウコに手渡した。メモを見たヨウコの顔は一変し、緊張気味だった両肩の力を抜いて、ゆっくりと息を吐いた。
「わかったわ。あなたを信じます、ムーンさん」
メモにはたった一行、こう書かれていた。
《おとめ座、ハーフムーンのキミへ…信じなければ起こるはずの奇跡も起こらないだろう》
ムーンはヨウコが流す涙に奇跡の可柏ォを感じていた。ハンカチーフに落ちた涙の色は真っ直ぐな片想いを示している。これまでにも数多くの女性に差し出してきたが、彼女ほど美しい涙は見られなかった。リュウはベッドの上で必死に生きようとしている。ヨウコもまた彼の無事を心から祈っている。生死の結果は時として医学の範囲を超えてしまう。人は常識で説明のつかない出来事を総じて奇跡と呼び、その存在を信じてきた。ムーンは奇跡を起こすための課題を3つ提示した。
一つは「奇跡を信じて疑わないこと」、もう一つは「毎日欠かさず花を持ってくること」とした。そして残る三つ目に「決して泣かないこと」と付け加えたのである。
「お花は何を持って行けばいいの?」
「彼の好きな色がいいだろう。いいかい、これは約束だからね」
コクリとうなづいたヨウコはリュウのいる集中治療室のドアの前に立った。動くことのないドアに向かって今の自分の気持ちを伝えた。
「あなたは気づいていないかも知れない…でも、いいの。絶対に助けるから」
ヨウコが振り返ったときにはムーンの姿はなかった。すっかり暗くなった帰り道を走って家に戻ったころには9時を回っていた。
(リュウの好きな色って、やっぱり…)
ヨウコは自分のやるべきことを確認してから目を閉じた。翌日は朝から霧のように細かい雨が降り続いていた。学校帰りのヨウコは厚い雲の下で目的の花を探していた。自分が卒業した小学校にお願いして、中庭の花壇へと入れてもらったのである。
「あ、あった…これだ」
赤い花をつけたアジサイの一群を発見したヨウコはほっと胸をなで下ろした。
「もしかして…ヨウコか?」
「え、先生?」
声をかけてきたのはヨウコのかつての恩師だった。髪こそ薄くなっていたが、当時と変わらぬやさしい笑顔に懐かしさを隠し切れない。
「いやいやずいぶんと大きくなったな。高校生だもんな」
「どうかな…。でも、もう3年生ですよ」
「ところで、泣き虫ヨウコはまだ健在なのかな?ハハハ」
「ええ、まあ…」
ヨウコは小学生の頃から泣いてばかりいた。イジめられるでもなく、転んでケガをしたでもなく、理由もなしにとにかく泣いていたのである。物事を悲観的に考えるクセがあると気づいたのは最近になってからだ。
「確か…リトマス紙を変色させるくらいに泣いていたよな」
そのひと言はヨウコに理科の実験を思い出させた。
「おかげでわたしの涙がアルカリ性だってこともわかりましたしね…」
苦笑いのヨウコがそうボヤいた。実験の最後、アジサイの上で泣いたらリトマス紙とは反対に赤くなることも教えてくれた。余計な知識も今となってはいい思い出である。
「先生、わたし毎日このアジサイをもらいにきますから」
「毎日?また、なぜだね?」
「うん、わたしの好きな人にあげるの」
数本の枝を根元で切ったヨウコはリュウの待つ病院へと急いだ。正面から当たる雨粒は次第に大きくなり、流したくても流せない涙の代わりを果たしてくれた。
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