占い探偵Mrムーン「雨上がりの奇跡は涙色」


第5話:「運命の交差点」


目を覚ますことのないリュウ。壁際に置かれたアジサイは奇跡への第一歩に過ぎない。赤い花びらは今が雨の季節であることを誇示していた。ヨウコはムーンとの約束を守り、学校と病院を往復、運んでは飾るといった作業を休むことなく繰り返した。しかし、1週間経ち、2週間経ち…と長い時間の経過にも関わらず、リュウの様態に変化は見られなかった。その間は来る日も来る日も雨だった。日ごとに上昇していく気温だけが夏の到来を頼エさせてくれる。そうこうしているうちにも最初の日から1ヶ月が過ぎようとしていた。
病室にはいつものようにアジサイを飾るヨウコの姿があった。大小さまざまな花瓶の数は全部で20個、ヨウコは枯れてしまったものから順に差し替えていたのである。いつもと変わらぬ風景の中、ヨウコは数ある花の一輪がフワっと落ちるの見てしまった。

「ちょっと、先生を呼んできて!あなたは動いちゃだめよ!」

さっきまで検温していたナースの声が響き渡る。事態を把握できないヨウコがその場に立ち尽くす。しばらくしてから、担当医と2人のナースがリュウのベッドを取り囲んでいるのに気づいた。するとどうだろう、さっきまで赤かったアジサイの花が次々と青に染まっていくのである。それは例えようもないくらいに悲しい色だった。

《ピッピッピー…ピー》

スコープに侮ヲされるリュウの生命線がフラットに変わった。その状態を何度か繰り返したのち、対応していた医者が無言で首を横に振る。

「うそ…」

ヨウコが自分の目を疑うまでもなく、リュウは帰らぬ人となっていた。奇跡は起こらなかったのである。ムーンとの約束を守ろうと、リュウを助けようと奇跡を信じてアジサイを飾った。この1ヶ月間のすべてを捧げて続けたこと。それが終わった今この瞬間、ヨウコは3つ目の約束を破っていた。正しくは期限切れの約束だろうか。あふれ出る涙の粒は悲しみの色に染まった手元のアジサイへと注がれた。

(結局、奇跡なんて起こらなかったじゃない…)

絶望感でヨウコの胸は苦しくなった。流れる涙は止まることを知らない。

「ちゃんと信じていたのに!」

苦渋の叫び声を上げたヨウコは濡れた瞳の向こうに一つだけ赤い花びらを見た。涙が注ぎ込まれたアジサイの花は元の色を取り戻していた。その次に見えたものは身に覚えのある景色だった。それはリュウに助けられた交差点。赤い花をつけたアジサイの列、ぼんやりと浮かびあがる赤信号…そして、横を通り過ぎようとする一台の赤いトラック。

「リュウ…?」

リュウが乗ったトラックが交差点を突っ切ろうとしている。

「リュウ!いっちゃダメ!リュウ!」

ヨウコがこれ以上ないという大声でそう叫ぶと急ブレーキとともにトラックが止まった。次の瞬間、見切り発進をしていた車がトラックの前をわずかにかすめる。互いの車は間一髪で衝突を免れたのである。リュウは脇に寄せたトラックを降りて、ヨウコの方へと走ってきた。

「ありがとう。キミの声に助けられたよ…」
「よかった…うん、本当によかった。生きているんだよね」

リュウの無事に安心したのか、ヨウコは涙声でそう言った。

「でも、なんでここにいるんだ?学校はどうした?」

木曜の午前、制服姿のヨウコは交差点の端に立っていたのである。

(わたし、戻ったんだ…リュウと一緒に)

それとなく事情を理解したヨウコは赤い目を細めて自分の足元を見た。

「奇跡的にサボっちゃった…ううん、なんでもないの」

通りの向こうではムーンが手を振っていたような気がする。もしかしたらその存在も幻なのかも知れない。真実の証拠があるとすれば、それはヨウコの耳へと届けられたいつかの怪しい声。

「ところでキミ、誕生日は?」

奇跡の続きは雨上がりに広がる澄んだ空。泣き虫を卒業したヨウコの夏は近い。



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