二殺のゼロ「俺の金じゃない」


第1話:最初の夜


 ──最初は気楽なもんだった。大したことだとは思わなかった。
 酒場で酒を飲み、飯を食う。その代金を銭じゃなく、物で払う客もいる。体で払おうって女もいる。いろんな客が来るもんさ、この店にはな。
 確かに、銀貨で払う客は珍しい。けど、いないわけじゃあない。
 金貨を差し出された時にゃ、さすがに妙だと思ったさ。
 寒い夜だったよ。店はいつもと同じ、そこそこに客が入っててね。見ての通り、そう広い店じゃない。客が二十も入りゃ一杯になっちまう。その日はそんなこともなかった、半分は席が空いてたからね。俺も一杯やりながら、のんびり客の相手を楽しんでた。
 その客はそこ、その隅の席で飲んでた。見かけない顔だった。一人でね、連れは無しだ。酒と料理を頼んだ後は、じっと黙って座ってたよ。そんな客は珍しくもない。俺もさして気に留めなかった。帰り際に金貨を差し出された時、初めて妙だと思ったのさ。
 そう風変わりな客じゃない。背は並よりちょいと低いが、特徴といったらそのくらいのもんさ。使いこまれた革鎧の上から、踵に届くほど長い上っ張りを着こんでな。どう見ても金持ちって風じゃなかった。だけど金貨は本物だ。
 さすがに迷ったね。判るだろ、店じゅうの小銭をかき集めたって、釣りなんか出せやしない。
 俺がそう伝えると、その客が言うんだ。「預かっててくれ。次に来た時、その金で飲ませてもらうさ」、ってな。
 さっきも言ったが、この店にゃいろんな客が来る。付けを溜めこむ客もいれば、有り金ぜんぶ飲み干しちまって、翌日から食うにも困るって客もいる。けどな、酒場で前払いする客なんて、それまでお目にかかったことがなかった。
 俺はしげしげ眺めたね。その客の、頭のてっぺんから爪先までね。けど、いくら眺めてみても、その客に妙なところは見つからなかった。確かに剣を帯びちゃいたが、今日びそんな連中なんざ珍しくもない。客の剣は短いやつで、そう恐ろしくもなかったしな。
 その客は笑ってたよ。俺の反応を見て、愉しんでた。
 俺は悩んだ挙句、その金貨を受け取った。
 何故って、断る理由がないからだよ。付けで飲む客だっている。俺はそいつを認めてやってる。だけどこいつはその逆だ。店にとっちゃ有難い話さ。だろ?
 それに……そう、ちょっとした欲もあった。
 客は剣を持ってる。短いやつだが、二振もな。鎧は相当使いこまれてたし、幾つか目立つ傷もついてた。何かしら荒っぽいことで金を稼ぐ男だと、誰だって見てとれるさ。
 となりゃ、どっかの誰かとやりあって、この客がくたばっちまうことだってあるだろう。そう思ったのさ。そうなりゃしめたもの、この金貨まるごと頂いたって、誰からも文句は出ねえ。だろ?
 ──けど、そううまくはいかなかった。次にその客が店に来たのは、それから二ヶ月ほどたった夜さ。



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