二殺のゼロ「俺の金じゃない」


第2話:吹雪の夜


 その夜は吹雪でね。一杯やりに家を出よう、なんて誰も考えそうにない夜さ。店には流れ者の客が二人、別々の席にぽつん、ぽつんと座ってるきりだった。吹雪が止むのを待つつもりだろうが、こっちはそれでもかまわない。暖炉の前ででも寝かせてやるか、そう思ってたところだった。
 その客は突然現れたよ。身体じゅう雪まみれにしてな。
 俺は落胆したが、そんなこと顔に出しやしない。二十年も店やってりゃ、顔くらい作れるさ。俺は笑って出迎えてやったよ。暖炉の前の席に案内してやった。
 前に見たのと同じ、革鎧に長い上っ張りだった。全身の雪を払い落としてから、暖炉の前に座った。そして聞いたね、「前に預けた金、いくら残ってる?」ってね。
 俺は正直に答えたよ。商売を長続きさせるこつは、正直でいることさ。剣を持った客相手なら、尚更な。
 すると客はこう言った、「足しといてくれ」。
 差し出した掌には、金貨が五枚載ってたのさ。
 面食らった、なんてもんじゃない。まったく理解できなかったね。何でそんなことをするのか、見当もつかなかった。
 けど結局は受け取っちまった。なんでって? 最初の金を受け取ったからにゃ、次を受け取らんわけにゃいかんだろ。
 それにだ……そう、また例の欲が顔を出した。今度の金貨は五枚。吹雪が続いて客が一人も来なくても、当分はやっていける金額だ。
 俺はその客をもてなしてやった、目一杯ね。王様並に扱った、とは言えんが、酒場の主にできるだけのことはしてやったよ。酒を温めたし、熱い汁も出してやった。客は満足そうだったよ、少なくとも俺にはそう見えた。
 その時さ、妙なことが起きたのは。
 流れ者の客二人、さっき話したろ。どっちも得物を持ってた。一人は長剣を腰に差して、もう一人は大太刀を背負ってな。両方とも屈強そうな男さ。大太刀の男なんざ、筋肉で袖がはちきれそうな位さ。けど入ってきたのは別々だし、席も離れてた。
 それまで目を合わせようともしなかった二人が、いきなり隅に寄ってね。二言三言、ひそひそ話し合ったと思ったら、いきなり荷物をまとめて、連れだって出て行っちまった。外は猛烈な吹雪、おまけに真夜中だってのに。
 不気味だろ? 当然だよな。けどもっと不気味だったのは、その二人が去り際に、ちらちら盗み見てたことだ。俺じゃない。例の客を、さ。
 吹雪は朝まで止まなかった。例の客は暖炉の前で、椅子に座ったまま眠ってた。俺はその間、調理台の前にいて、ずっと頭を抱えてたね。妙なことに関わっちまったんじゃねえか、ってな。
 ──次にその客が来たのは春だ。金貨を五十枚置いてった。

 そんな具合にして、店にゃ金がどんどん増えてった。次の冬が来る頃にゃ、金貨が五百にもなってた。もちろん俺の金じゃない、例の客の金だ。
 どうしようもなかった。今更断るわけにもいかんし、かといって使いこむわけにもいかねえ。手をつける気にゃなれなかった。何故かって?
 気づいたのさ、客の目つきに。例の客の目じゃねえ、そいつを見る他の客の目つきに、だよ。
 たいていの客は無視するだけだ。見たところなんの特徴もねえ、只の男だからな。だが時々は、男の顔を知ってる風な客もいた。その姿に気づいたとたん、顔つきが変わるんだ。見てて可笑しくなるほどにな。
 反応は様々さ。青くなって震える客もいたし、噛みつきそうな目で凝視する客もいた。けどな、誰一人として、そいつに話しかけようって客はいなかった。一人としてね。
 判るだろ、俺が金貨に手をつけず、後生大事に取っておいた理由が。自分の金よりも大切に扱ってたぜ。毎日場所を変えたりしてな。
 ──まあ待てよ。そう慌てるな、話はまだ半分だ。



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