ショートストーリー「モアイ」
第1話:モアイ
佐藤玉男は都内の高校に通う真面目な男の子。
学校では演劇部に入っていて、今月の末には初の役名をもらって公演に出ることが決まっていた。
ある朝、玉男が目を覚まし、洗面所に行くと驚くべきことになっていた。
洗面所の鏡にモアイの顔をした自分が映っていたのである!
「うわぁぁ!なんだこれ!」
玉男は悲鳴を上げながら、両手で包むようにして顔を触ってみた。
感触はいつもの自分の顔と同じだった。
鏡に映った自分の手や胴など、顔以外の場所は普段どおりで、ただ顔だけがあのイースター島のモアイになっていた。
「ゆ、夢だ・・夢に間違いない・・覚めろ!!」
玉男は自分の顔を数発ひっぱたいた。
しかし夢から覚める気配はない。ほんのり頬が痛む。
「覚めろーーーー!!!」
今度はややヒステリックになりながらグーで10発ほど自分の顔を殴った。
鏡を見ると鼻血をたらしたモアイがこちらをみつめていた。
「ちょっと、玉男!朝から大きな声を出して、一体なんなの?」
玉男の母親が洗面所にやってきた。
「か、母さん!こ、コレ見て!か、顔が・・・」
「顔?・・・ってあんた、朝から鼻血なんか出して・・まったく若いわねえー」
「鼻血じゃなくて顔だよ顔!ほらっ」
「顔が何よ?相変わらずアタシにそっくりだわね」
「へ・・?」
「早くご飯食べないと遅刻するわよ」
そう言って去っていく。
「い、一体どうなってるの??見えてない?それとも見えてない振り?」
玉男は朝ごはんを食べ、学校へ行く準備をし、玄関の前に立った。
「外に出てモアイが歩いてるって大騒ぎになったらどうしよう・・」
「ほら玉男!電車に乗り遅れるよ!」
「わかってるよ!」
母親に急かされるようにして玉男は外に出た。
外へ出ても誰一人として玉男に特別な反応をする人はいなかった。駅前の道、駅のホーム、全てが普段どおりだった。
「誰も反応してない・・モアイに見えるのは僕だけ・・?」
校門の前でクラスメートの佐々木と会った。
「た、玉男!どうしたんだよその姿!」
「さ、佐々木!見えるの!僕のこの顔見えるの!?」
「え?当たり前だろ・・オレをなめんな」
「よ、よかったぁー。実はさ、朝起きたらいきなりこんな風になっちゃっててさ、母さんは全く気づかないし、町の人たちも他人には無関心なのか、全然気づかないんだよ。僕どうしたらいいのかわかんなくてさー。気づいてもらえて良かったぁ〜」
佐々木はきょとんとしている。
「おまえ何言ってんだ?どうしたらいいのかって・・そんなもん、いつもの通りにやればいいじゃんか」
「い、いつもの通り・・?佐々木こそ、何について言ってるの?」
「おいおい、まだ寝ぼけてんのか?寝グセだよ寝グセ。そんなアートみたいな頭で学校行くのか?」
「ね、寝グセ・・?」
玉男は頭を触ってみると、乱れ飛んだ髪の感触が手のひらに伝わってきた。
「あ、セットしてくるの忘れた」
玉男はトイレでモアイ顔の自分を鏡で見ながら、想像で髪を整え教室へ行った。
教室では先生や友達に特に変わった反応は無かった。
授業中、玉男は何度も窓ガラスに映る自分の姿を見た。
完璧にモアイだった。
(多分、心の病だね。僕にしかこのモアイ顔は見えないんだ。こういうのってあまり気にしない方がいいんだろうな。気にせずいつも通りに過ごしてれいば自然と治るんだ)
放課後、玉男は演劇の稽古をしていた。
月末の公演に向けていつも以上に熱のこもった稽古をしている玉男だったが、この日は監督の先生にこっぴどく怒られっぱなしだった。
「玉男!!表情が硬い」
「玉男!!嫁を殺された男がそんな無表情な顔で泣くわけねえだろ!!」
玉男はかなり混乱していた。
(お、おかしい・・こんなに精一杯表情を出してるのに・・)
もう一度同じシーンにトライする玉男だったが・・
「全然ダメ!硬すぎる!オマエの顔は石像かコノヤロー!」
玉男に衝撃が走る。
「せ、先生・・い、今なんと・・??」
「え?オマエの顔は石像かコノヤロー・・って」
「やっぱり!!僕の顔に気づいてたんですね!気づいてたのに気づいてない振りをしたんだ!ひどいや!きっとみんなも気づいてるんでしょ!!」
「お、おい玉男、何言ってるんだ・・今日はもういいから端で自主練してろ」
「そ、そんな・・」
稽古が終わると部員仲間から「こういう日もあるさ」と慰められた。
帰りに玉男は佐々木を誘ってカラオケに行き、モヤモヤした感情を歌にぶつけてぶちまけた。
「コンチクショー!!何が表情が硬いだーー!どうせ僕はモアイですよー!!」
「あはは!モアイか!そりゃあおもしろい!」
佐々木は脳天気に笑っていた。
翌朝、玉男は目を覚まし洗面所に行って鏡を見た。 いつもの自分の顔が映っていた。
「な、治ってる!治ってるぞー!もうモアイなんかじゃないんだー!やったー!」
陽気な気分で台所にいる母親のもとへ行くと、母親の顔がモアイになっていた。
「ぎゃー!!」
終
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