Z
第1話:1 戦士、覚醒す
薄暗い地下室に、その青年はいた。いや、いたと言うよりも、倒れていたと言った方が適切だろう。しかも気を失っている。
「う、うう・・・・・・」
意識を取り戻したのか、その青年は呻き声を上げながら、よろよろと立ち上がった。
「どこだ、ここは?」
光のほとんどない地下室だが、目を凝らしてみる。時間が経つにつれて少しずつ目が慣れ始めたのだろう。ぼんやりとだが自分の周りが見えるようになってきた。瓦礫や木の破片が散在していて、高い天井には大きな穴が開いている。
「いて!」
突然、脚に激痛が走った。他にも所々が痛む。
「くそ、体中が痛いぜ」
と言って天井に目をやる。
「まさか、あそこから落ちたのか? 5、6メートルはあるぜ。けど、それでこの程度の怪我なら奇跡かも・・・・・・」
その天井の穴と、崩れた壁の隙間から、微かに光が差し込んでいる。
「出られるのか、外に」
壁に向かって青年は歩を進める。やがて壁に辿り着き、そこでふと考えた。
「で、辿り着いたのはいいけど、どうするよ? まさか素手でぶち破れねえだろうし」
そうつぶやいて右の拳で壁を殴ってみる。
「なーんてな」
すると、その殴りつけた所から亀裂が走り、見事に壁が崩れ落ちた。
「うぞ! マヂかよ・・・・・・」
右手を見つめ、それから崩れ落ちた壁を見る。そしてもう一度右手に目を戻し、開いたり閉じたりしてみる。
「?」
ポリポリと頭を掻き、腕組みをしてしばし考え込む。が、ワケがわからない。
「まあいいか。考えたってどうなるもんでもなし」
どうにもこの青年、結構楽天的な性格のようだ。
崩れ落ちた壁の向こうには階段があった。
「兎に角、外に出よう」
そう言って階段を昇り始めた。程なくして、鉄の扉の前に着いた。ごく普通にドアノブに手をかけた。つもりだった。しかしその鉄の扉は大きな音を立てて外に向かって吹っ飛んだ。
「何だァ? 何だってんだ?」
戸惑いながら青年は、目の前の光景に衝撃を受け、そして、愕然とした。多くの建物が瓦礫と化し、あちこちで小さな火事が起こっている。
「こ、これは? 大地震でも起きたってのか? 俺が気を失ってる間に。・・・・・・オ・・・レ?」
青年の顔から、血の気が完全に失せた。まさに蒼白という言葉以外に形容する言葉が見つからないほどに・・・・・・。
「俺は、俺は誰だ?! 分からない! 何も思い出せない!」
思わずそう叫んだ刹那、青年の足元を掠めるように赤い光弾が! しかし青年は咄嗟に真横に飛びよけた。
(おおっ?!)
難なくかわしたが続いて2発、3発と青年を襲う光弾。しかし、それも全て間一髪でかわしていく。青年は手近にあった、元の半分ほどに崩れた家屋に身を隠す。
「狙ってやがるのか、俺を。誰だ! 姿を見せろ!」
そう叫びながら辺りを見渡すと、さほど高くない建物の屋上に女の姿を見つけた。ヘルメットを被り、身体の線がくっきりと現れるバトルスーツに身を包んではいるが、遠目からでもその美貌は判断できる。髪は黒だが、瞳は青い。日本人と欧米人のハーフなのであろう。背の高い、スーパーモデルに引けを取らない、否、それ以上の美女である。
「あれは・・・・・・」
青年はゆっくりと身を出す。
「やっぱり生きていたのね」
そう言って飛び降りた女は、着地と同時に一気に青年との間を詰める。しかし青年は軽く身を翻し、女の後を取る。
「君、俺の事知ってるみたいだね? どっかで会った事あったっけ? どうも思い出せないんだよ。一度会ったら忘れるわけないと思うんだけど、君みたいな美人。」
この青年、楽天的な性格の上に、少々ナンパな部分もあるようだ。
「な、何を言ってる!」
からかわれてると思ったか、女は顔を高潮させて叫ぶ。その時、直前までふざけていた青年の顔が、突然真面目になった。
「ついでに言うと、他にも色々と教えてもらわなきゃいけない」
「まさか、本当に記憶を? なら、何も思い出せないままあの世へ行くがいいわ!」
女は後回し蹴りを繰り出す。鋭い!
「ウアッ!」
青年は軽く3メートルほど吹っ飛んだが、素早く跳ね起きて身構える。が、既に目の前に彼女の姿があった。青年の両肩を掴んでぶん投げ、そのままテレポートする。高く放り投げられた青年は、その背中を彼女の組んだ両手で殴りつけられた。その衝撃で、真下にあった廃工場の屋根に、凄まじいスピードで落ちていく。屋根を突き破り、2階の床も突き破り、階下の床にしたたかに身体を打ちつける。女は、大地に降り立ち、様子を窺っている。
薄暗い工場の中、青年はゆっくりと身を起こし、よろよろと立ち上がる。
「ったく、やってくれるぜ、リリアのヤツ。リリア・・・・・・・? そうだ、思い出した。俺は。俺は!」
青年は今しがた自分が落ちてきた屋根に向かって大きくジャンプした。そして軽やかに女の前に着地する。
「しぶといわね」
「感謝するぜ、リリア。今の一撃で全部思い出せた。尤も、俺が記憶を無くしたのは、お前に屋根の上から地下室まで叩き落されたおかげだけどな」
地下室で目覚めた青年は、目の前にいる女に地下室に叩き落され、その衝撃で記憶を失っていたのだが、同じように殴られて叩き落された時のショックで記憶が戻ったと、そういう事だ。
「リリア。やめるんだ。俺とお前が戦う理由なんてないんだ」
「新司、寝言は寝て言う事ね。あの人のため、あの人が望むように、私はあなたを、殺す」
「リリア!」
「リリア、か。そんな名前、とっくの昔に捨てたわ。私はブラッディ・ウィッチ。覚悟しなさい、新司。いえ、Zッ!」
右の手のひらをウィッチが新司−−Zとも呼んだ青年−−に向かって突き出すと、そこから無数の赤い光弾が新司めがけて飛んでいく。そのほとんどが新司を直撃する。命中しない光弾は新司の足元に激突し、周囲が砂煙に覆われる。
「これでどう?」
やがて砂煙が薄れてきた。するとそこには、さっきまでとは違う人影が見えてきた。
「!」
まるで鎧を着込んだかようなその体。体躯も一周り大きくなっている。どことなくカブトムシを彷彿とさせるそのフォルム、新司の変身した姿=Zだ。
(新司・・・・・・)
Zは変化した自分の拳を見つめて呟いた。
「そうだよ。俺の身体はもう普通の人間とは違うんだ。高空から落ちても無事。コンクリートの壁だって簡単に粉々にしちまう・・・・・・。ヤツのおかげで、俺は、俺は!」
Zはさらに強くその手を握り締めた。そして、ウィッチの姿を見据える。
「リリア井上。俺たちは幼馴染じゃないか。そんな俺たちが戦うなんて悲しすぎると思わないか?」
「新司、いえ、その姿だから実験体ナンバー26、コードネームZと呼ぶわ。所詮私たちはこうなる運命だったのよ」
「リリア!」
「行くわよ、Z!」
そう叫んだウィッチは凄まじいスピードでダッシュした。一気にZとの間を詰め、立て続けに神がかり的なスピードで両拳を繰り出す。が、Zもそれを全てかわす。
「ハアッ!」
ウィッチは最後に渾身の力を込めて右回し蹴りを放った。しかし、その一撃も、Zは軽く左手の甲で受け止めた。
「クッ!」
「よせ、リリア」
「おのれ!」
もう一発右の正拳突きを繰り出す。その拳は完璧にZの右頬にヒットした。が、Zには効き目がない。
「リリア、覚えてるだろ? 俺たち、ガキの頃からさ、よく一緒に遊んだじゃないか。夕焼け空を見ながら原っぱを走り回ったり、川に草船を流したりさ」
「こんな時に何を言い出すかと思えば・・・・・・」
「俺は今の二人が本当の形だなんて思えない。時々ケンカしたりもしたけど、それでも、俺たち、兄弟みたいに育ってきたんじゃないか」
「私は・・・・・・、私は、愛するあの人の為に過去は捨てたのよ。あの人の望みを叶える為なら、鬼にも悪魔のもなるわ」
「だから、血まみれの魔女、ブラッディ・ウィッチなんて名前を?」
「そうよ!」
ウィッチはそう叫ぶと同時に、再びZに殴りかかった。が、逆に顔面にパンチを食らった。Zとしては、さほど力を込めてはいなかったのだが、ウィッチは5メートルほど吹っ飛んだ。
「しまった!」
こころならずも彼女をぶっとばしてしまい、Zは思わず声を上げた。倒れているウィッチに駆け寄る。
「リリア!」
倒れたウィッチにZは手を差し伸べる。
「すまねえ、大丈夫か?」
一瞬ウィッチは戸惑ったが、その手を撥ね退け、バック転で飛び起きてZと距離をとる。
「Z、今日の勝負は預けるわ。今度会う時はあなたの最期よ。よく覚えておきなさい」
「リリア!」
Zの叫びに耳を貸さず、連続テレポートでみるみるZから離れていく。Zは呆然とそれを見逃すしか出来なかった。
「リリア・・・・・・」
呟いてZはゆっくりと歩き出す。この状況の中、奇跡的に倒壊せずにすんだ小さなプレハブの窓ガラスに映った自分の姿が目に入った。
「これが俺の姿か。化け物にしか見えねえぜ。こんな姿、涼子たちには見せられねえな。チッ、ドクトル度会め」
Zは変身を解き、本来の姿−−西条新司の姿−−に戻る。荒れ果てたその地から、愛する人たちに再会するため歩き出した。
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