Z
第2話:2 それぞれの帰る場所
閑静な住宅街。夜も更け、歩いている人はいない。時折野良猫がうろうろしているが、しんと静まっている。
そんな小さな街の一画にあるアパート。プレートには『SAIJO』の文字が可愛らしい字体で書かれている。そのアパートのリビングで勉強に励んでいる少女がいる。傍らのフォトスタンドには、少し照れた顔の新司と、その腕に抱きついてVサインをしている写真が飾られている。彼女は西条涼子。新司の妹で18歳。大学生になってまだ日も浅い、現役バリバリの女子大生である。
「う〜ん」
机に向かい続けていたお陰で疲れたのか、涼子は大きく身体を伸ばした。そこへ玄関の呼び出しチャイムが鳴った。
「ん?」
涼子は立ち上がり、玄関に向かおうとした。その時、ふと壁に掛けてある時計が目に入った。短針が『11』を指している。
「こんな時間に・・・・・・」
外の様子を窺おうと、玄間のドアの覗き穴かを覗き込むが何も分からない。仕方なく恐る恐る、ゆっくりとドアを開ける。
「ど、どなたですか?」
「俺だよ、涼子・・・・・・」
「! お兄ちゃん!」
涼子は驚いて大きくドアを開けた。そこには、疲れ果てた顔で壁に寄りかかっている新司の姿があった。涼子の顔を見ることが出来た安心感で、新司の表情に安らぎが訪れる。
「無事だったか・・・・・・、涼子」
そう言って身体を起こした新司は、力なく涼子に寄りかかった。いや、倒れ掛かったと言うのが正しい。
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん? お兄ちゃん!」
涼子は新司の身体を何度もゆすってみるが、新司は一切動かない。その代わり、安らかな寝息を立て始めた。
その頃、ブラッディ・ウィッチことリリア井上は事の次第をドクトル渡会に報告していた。
「申し訳ございません、ドクトル渡会。試験体ナンバー26の討伐に失敗致しました」
「そうか、Zを打ち損じたか」
表情を変えずに、狂気の科学者は言った。
「は。残念ながら」
一方のウィッチは、跪いて顔を上げる事はない。
「まあ、仕方なかろう。彼奴は26体の試験体の中で唯一の成功例だ。一筋縄ではいくまい。まして、お前は優秀なエスパーではあるが、所詮は生身の身体だ。彼奴と違ってな。とは言えこのまま脱走者を放っておくわけにはいかん」
「重々承知しています。既にZを葬り去る作戦を立てましてございます。あとは実行に移すのみ」
「そうか、期待しているぞ、ブラッディ・ウィッチ」
「はっ」
「これは私からの贈り物だ」
パチン、とドクトル沢渡が指を鳴らすと、ウィッチの左手にプラズマが発生し、やがてその薬指にリングが実体化した。
「このリングは?」
「うむ、そのリングから放たれる波導に捉えられたZは身動きが取れなくなる」
「その隙にZを殺せと?」
「良いか。失敗は許さんぞ」
「お任せを」
ウィッチは深々と頭を垂れつつ、Z抹殺を強く心に誓うのだった。
ベッドの上で眠り続ける新司の姿を見つめる涼子は、新司の腕を取って手首から脈を計っている。やがて手をほどいて小さく安堵のため息をついた。
「特に異常なし。寝てるだけ」
そこに玄関のドアを開け、一人の女性が入ってきた。
「涼子ちゃん、新司君は?」
「あ、先生」
涼子に先生と呼ばれた女性。彼女は松原優美子。涼子の元家庭教師で、新司の高校時代の先輩。新司と涼子にとって、本当の姉のような存在である。
「もう、先生はやめて」
「あ、そうだね、ついクセで。ごめんね」
「で、どうなの、新司君は?」
「ぐっすり眠ってる。脈拍も正常だし、異常ないみたい」
「そう、良かったわ」
優美子は涼子の横に腰を下ろし、新司の寝顔を見つめる。
「それにしてもこのコ、半年以上もの間、どこに行ってたのかしら」
「いつも急にいなくなるの、お兄ちゃんの趣味みたいなもんだから」
「けど、こーんなかわいい妹と、こーんな美人の先輩をほったらかしにして。ねえ、涼子ちゃん」
優美子はいつもこんな調子。マジなんだか受け狙いなのか、自分のことを美人だと自称する。
「え? あ、うん。でも、私はいいの。無事に帰ってきてくれるだけで充分」
「もう、涼子ちゃんったらカワイイ!」
そう言って、優美子は涼子をギュッと抱きしめる。
「あん、もうやめて。ユミさん、その抱きつくクセ、直したほうがいいよ」
「あ、言ったな、意地悪」
一瞬無言になって、大声で笑いあう二人。そのにぎやかさの中でも、ベッドの上では、新司が安らかに寝息をたてていた。
次の日の朝、新司は目を覚ました。身を起こし、大きな欠伸を一つ。ふとベッドの横の小さなテーブルの上の書置きとサンドイッチに気付き、書置きを手に取る。そこにはこう書かれている。
「おはようお兄ちゃん。学校に行って来ます。
朝ごはんちゃんと食べてね。 涼子」
その手紙を読んだ新司は思わず笑っていた。
「涼子のヤツ、我が妹ながら、相変わらず気の利く女だね。そうだ。今夜は久々に外で美味いもんでも食わせてやるかな。よし、そうと決まればバイクの手入れだ、っと、その前にメシメシ!」
新司は一心不乱にサンドイッチを頬張り始めた。
その夜、人通りのない夜道を、涼子は一人家路を急いでいた。その前に、ふと立ち塞がる影。
「!」
驚いた涼子の前に姿を見せたのはベージュのスーツを身にまとった、ウィッチの姿だった。
「涼子ちゃん」
「リリア・・・・・・お姉ちゃん?」
「久しぶりね。元気だった?」
「うん、元気だったよ。あ、そうだ、あのね、お兄ちゃんがね・・・・・・」
数年ぶりにリリアの姿を見た喜びで、涼子はマシンガンのように話す。しかし、その目の前にいるリリアは複雑な表情で、涼子の顔を見ている。突然、キラリ、と音を立てて、リリアの目が光った、ように見えた。
「良かったわね」
そう一言言うと、涼子に催眠術をかける。
「リリア、お姉・・・・・・ちゃん、何・・・・・・を・・・・・・」
言葉にならない言葉を残して、涼子はその場に倒れこんだ。
「ごめんね、涼子ちゃん」
リリアは涼子を抱きかかえてテレポートした。
新司は涼子の帰りを待ちながら、ソファに腰掛けてテレビを観ていた。
「涼子ちゃん、新司君、いる?」
挨拶もなしに、優美子が入ってきた。
「先輩、呼び鈴くらい鳴らしてから入って来なよ」
「ああ、新司君、目が覚めた? 涼子ちゃんは」
「学校からまだ戻ってない。わはは」
お笑い番組を見て新司は爆笑する。そんな新司の前に優美子は腰を下ろして、新司の顔をキッとにらむ。
「新司君」
新司は思わず身構える。こういう表情をした時の優美子はちょいと苦手だ。
「何?」
「何? じゃないでしょ。半年以上もどこに行ってたの? お姉さんに説明しなさい」
「いや、それは、その・・・・・・」
まさかマッドサイエンティストに拉致されて人間以外のモノになってしまったと言えるわけがない。どう答えようか考えを巡らせていると、声が聞こえた。
「Z、Z」
「!」
その声はまさしくウィッチの声だった。新司は思わず立ち上がった。
「どうしたの?」
テレパシーが新司の頭の中に響いてきた。
『涼子は私が預かったわ。返して欲しかったら1時間後、地獄が原へ来なさい』
「リリア、お前は」
『待ってるわよ、Z』
「リリア!」
ワケが分からずにいた優美子は、何度も新司を揺する。
「新司君、どうしたの? 新司君!」
「先輩、涼子が捕まった」
「捕まった?」
「俺をおびき出すために、涼子を」
「何を言ってるの?」
そんなマンガやドラマじゃあるまいし・・・・・・そう思えて仕方がない優美子にはその言葉を受け入れる事が出来ない。
「涼子を助けに行く」
新司は外に出て、昼間に整備しておいたバイクに飛び乗った。
それを追って、優美子も出てきた。
「新司君!」
「地獄が原へ行く。帰って来れたら全部話すから!」
フルフェイスのヘルメットを被り、バイクのアクセルを吹かす。走り出す。
「涼子、待ってろ。すぐに助けてやるからな」
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