Z


第3話:3 決戦の火蓋


 地獄が原−−。地図にも載らない小さな原野。そこにある一本の巨木に、縛られた涼子がビームロープで吊るされている。ちょうど涼子が目を覚ました。
「気が付いたようね」
 リリアではなく、ブラッディ・ウィッチの姿になった彼女は、優しく涼子に話し掛けた。
「涼子ちゃん。それ以上あなたに危害を加える気はないわ。安心して」
「リリアお姉ちゃん、どうして?」
「・・・・・・」
 ウィッチは何も答えず、涼子を見つめる。その目にはかすかに、光るものが瞬いている。そこへバイクの爆音が響いてきた。
「来たわね」
 そう言って音のする方向へ目をやる。砂煙を上げ、急ブレーキで止まる。素早くヘルメットを脱ぐ。
「涼子!」
「お兄ちゃん!」
 涼子に駆け寄ろうとした新司は、しかし、足元に赤い光弾を受けそうになりその場を動けなかった。
「そこから動かないで!」
「リリア、お前は!」
「涼子ちゃん、さっきのあなたの質問の答えはこれよ」
「私を、囮に?」
「悪く思わないでね。こうでもしないと、あなたのお兄ちゃんは私に会ってくれないのよ」 
「リリア、言われたとおり来たんだ。涼子を放してくれ」
「いいわ」
 ウィッチが右手の指先を涼子に向けた。一瞬にしてビームロープは消滅し、涼子は地面に落ちた。新司は駆け寄って涼子を抱き起こす。
「涼子、大丈夫か?」
「お兄ちゃん」
「涼子、隠れているんだ。何があっても出てくるんじゃないぞ、いいな」
「うん」
 涼子は強く頷いた。新司の全てを信頼しているのだ。
 涼子は走り出し、新司はウィッチに向き直る。
「リリアやめろ。お前とは戦いたくないんだよ」
「まだ言うの? 私たちが戦うのは運命だと言ったはずよ」
「俺は、俺は、そんな運命なんて信じない」
「どうしても戦うのは嫌だと言うのね。いいわ。私の目的は、あなたを殺す事」
 左手のリングから波導が発せられ、新司の身体を包み込んだ。
「こ、これは? 身体に力が、力が入らない。動けない!」
「あなたに残された道は、あの世への一本道だけよ」
 ウィッチの右手に、青い光弾が発生する。
「その頭をふっ飛ばして殺してあげる。さよなら、Z」
 光弾が一直線に新司めがけて飛んでいく。人間の姿のままアレを食らうとタダでは済まない。
「クッ!」
 死を覚悟したその瞬間、新司は弾き飛ばされた。涼子が新司に体当たりしたのだ。そして青い光弾は、涼子に大ダメージを与える。
「キャアアア!」
「アアッ!」
 涼子とウィッチは同時に声を上げた。涼子は悲鳴を、ウィッチは慟哭を。
突き飛ばされた新司は、倒れて波導の消えた身体を何とか起こし、倒れている涼子に駆け寄った。抱き起こして身体を揺する。
「涼子、涼子!」
「お兄ちゃん、良かった、無事で・・・・・・」
「バカ! どうしてあんな無茶を。何があっても出てくるなって・・・・・・」
「だって・・・・・・」
 何かを言いかけたが、涼子は気を失った。
「涼子!」
 血にまみれた涼子の手を握り、新司は強く目を閉じる。
「バカなことを・・・・・・」
 思わずそう呟いたウィッチに向かって、新司は叫ぶ。
「リリア! お前は本当に人の心を無くしちまったのか!」
「ウゥ」
 その叫びに、ウィッチは何も言えなかった。それがどうしてなのか、ウィッチにも分からなかった。
 と、そこへ、優美子の乗るポルシェがやって来た。新司は涼子を抱きかかえる。
「新司君!」
 大声を上げて、優美子は車から飛び出した。
「大怪我をしているんだ。頼む」
「涼子ちゃん! 新司君、一体・・・・・・」
「急いで! わけは後で話すから!」
 その剣幕に圧倒された優美子はそれ以上何も言えずに涼子を託された。
「わ、分かったわ」
 ただ一言、そう声を絞り出すだけで精一杯だった。車に涼子を乗せ、優美子は車を急発進させる。
 その姿を見送った新司は、強い眼差しでウィッチを見つめる。
 ほんの数秒なのか、もっと長い時間か。それさえもわからないような時間が過ぎた頃、突然に辺りに閃光が走った。その閃光の中から、ドクトル渡会が姿を現した。黒いマントで身を包んでいる。
「Zよ・・・・・・」
「ドクトル渡会」
 憎しみと怒りを込めて新司はその姿を見つめる。
「ドクトル渡会、なぜここへ?」
 アジトから外に出る事など滅多にないドクター渡会がここに姿を見せた事に、ウィッチは驚きを隠せなかった。
「ブラッディ・ウィッチ、失敗は許さんと言ったはずだ」
「は。しかし予想だにせぬ邪魔が入り・・・・・・」
「これ以上、言い訳など聞く耳は持たん。死ね」
 ゆっくりとドクトル渡会が手を上げると、その先にはビームナイフが発生、テレキネシスでウィッチに向かって飛ばす。
「キャアァァァ!」
 ビームナイフはウィッチの左胸に突き刺さった。ドサリと鈍い音を立てて、ウィッチは倒れた。
「ドクトル渡会! てめえ!」
「何を怒っている? 貴様もウィッチを許せないのではなかったのか? もしや、獲物を横取られた怒りか?」
「うるせえ! てめえだけは絶対に許さねえ! ブラスト・チェインジ!」
 掛け声と共に両腕を顔の前で十字に組み、続いて左右に開く。それと同時に変身スイッチが起動、体中に信号が走る。瞬時に右手の甲に埋め込まれたGクリスタルが出現し、光を放つ。新司の前身を包み込んだ光が消えた時、新司はZへの変身を完了していた。
「ドクトル渡会、あいつはお前の事を愛していたんだぞ!」
「それがどうした」
 ドクトル渡会は相変わらず表情をほとんど変えずにいる。
「それがどうしただと? てめえ、それでも人間か!」
 珍しく渡会の表情が変わった。しかしそれは、嘲笑だった。
「愚かな。私は人間などと言う下等な生物ではない。私こそ、この世を司る神なのだ!」
「神だと?」
「そう、神だ。この地球上に生きとし生ける物全ての命は私の手の中にあるのだ。今、私の本当の姿を見せてやる。」
 そう言ってマントを脱ぎ捨てたドクトル渡会は、うおおおおおっ! と咆哮を上げ、体中から光を放つ。その光が彼の身体を包み込む。固唾を飲んでその光景を見ていたZは思わず呟いた。
「俺と、同じだ」
 そして光が飛び散り、ドクトル渡会が変身した姿、オメガが現れた。白を基調としたデザインとカラーリングで、どことなく、Zに似ている。Zがカブトムシなら、オメガはクワガタムシか? だがZに比べるとかなり禍々しい。
「俺に、似ている?」
 そのZの言葉をオメガは否定する。
「違うな。貴様が私に似ているのだ。私のデータを元にお前に細胞レベルでの調整を施したのが、この私だ。言わば私は貴様の創造主、その意味でも神なのだ。変身したからには私を倒すつもりなのだろうが、当然貴様には私に勝てるほどの力などは与えていない。そしてまた、貴様は自分の全ての能力を把握できてもいない」
 その通りだった。ドクトル渡会の手によって調整された身体は、そのほとんどがプログラムされたものだ。変身ポーズがとれたのも、植え付けられた本能ゆえのもの、と言える。
「Z、神の力、身をもって思い知るがいい。グラビトン・ウェイブ」
 オメガの両肩から発射口がせり出し、重力波を放った。Zはあっさりと吹き飛ばされる。その力に言葉も出ない。
(ウウッ! 身体がバラバラになりそうだ!)
 そう感じる事が精一杯で、Zは地面に強く叩きつけられた。なんとか立ち上がり、オメガを見据える。
「今の一撃は手加減してやった」
「なんだと! ざけやがって!」
 Zはダッシュで一気にオメガに近づいた。
「ウオー!」
 渾身の力を込めて、パンチを繰り出す。しかしその拳は、いとも簡単に右手一本で受け止められた。
「何?」
 Zはその手を振りほどこうとするが、びくともしない。
「他愛のない」
 オメガは右手に力を込めた。苦痛にZは悲鳴を上げた。
「ウァァァッ!」
 さらにオメガはその腕でZを振り回し、二度、三度と地面に叩きつけ、最後に投げ飛ばす。
「ウワァァァァッ!」
 地面をゴロゴロと転がりまわる。その少し後方には、リリアの身体が横たわっている。瀕死の状態ではあるが、まだ命は尽きていないようだ。
「リリア・・・・・・」
 Zはなんとか立ち上がるが、ダメージは大きい。
「俺がヤツを参考に調整されたと言うのなら、俺にもヤツのような力があるはずだ。何かが」
「まだ立てるのか」
 少し感心したふうにオメガが言う。
「しかし、そろそろお前の姿も見飽きた。Zよ、次は手加減はせん。死んでもらうぞ」
 その言葉を聞きながら、Zは精神を集中する。何かを探っているのか?
「そうか! わかった!」
「そこに転がっているウィッチ共々粉々にしてくれる。グラビトン・ウェイブ、発射」
「やらせない! リリアも死なせはしない!」
 Zの角の先端から、ビームが放たれた。ビームは拡散し、オメガに向かう。グラビトン・ウェイブと激突し、二つのエネルギーは相殺されて消えうせた。
「なんだと? そんなバカな! 私の計算では、貴様にそんな力は・・・・・・」
「愛する気持ちや正義の心は計算できなかったようだな、ドクトル渡会」
 その言葉にオメガはひるむ。
「さっきは自分を神だと言ったな。もし仮にお前が神であったとしても、俺はその神さえも超えてみせる! 行くぞぉっ!」
 Zは背中の装甲を左右にスライドさせ、スラスターを露出させた。そのスラスターから緑色の炎を発し、加速をつけてオメガに突進する。そして右の拳は、真紅の光に包まれる。
「スカーレット・ナァァァァァックル!」
 その拳は。オメガの腹部を突き破る。そこからはメカニックが見え、オメガの口から真赤な血が噴出す。
「お前は、サイボーグ」
「そうだ。私の身体はお前と違い、細胞レベルでの調整には適合しない身体だった。だから私は、自らを改造してサイボーグになった。だからこそ・・・・・・だからこそ、私は貴様に殺されるわけにはいかぬのだ。かくなる上は自爆して、貴様をあの世へ道連れにしてくれる!」
「なんだと?」
「死ね! Z!」
 オメガが叫んだその瞬間、誰かがオメガを羽交い絞めにした。それは・・・・・・。
「リリア!」
「まだ・・・・・・、まだリリアって呼んでくれるのね、新ちゃん」
「リリア」
 その表情は、女戦士としての精悍なものではなく、優しい女性のそれである。
「涼子ちゃんには、ごめんなさいって伝えて? お願い。そして、涼子ちゃんを、人類を守ってあげて、新ちゃん、いえ、戦士Z」
「ブラッディ・ウィッチ、このくたばり損ないが、離せ! 離さぬか!」
 もがいてみるが、オメガもダメージは大きく、振り払う事が出来ない。
「ドクトル渡会、いえ、ケント、一緒に行きましょう。愛しているわ、ずっと・・・・・・」
 ウィッチはオメガを捉えたまま大空高く飛び上がった。瞬く間に小さくなっていく。やがて目に見えなくなり、少しして夜明けの空に光が走り、小さく爆音が轟いた。
「リリア・・・・・・」
 小さく呟いたZ、いや、西条新司は、それだけでは思いは止まらず、大空に向かって叫ばずにはいられなかった。
「リーリアァァァ!」

                                                             終



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