音楽隊
第5話:音楽隊
その異様な気配に、デサン少年は目を覚ました。
朝までにはまだ間があるということは、瞼の重さが示していた。昼間の『遊び』で疲れているはずのデサンにとって、真夜中の目覚めは極めて稀な事態だった。
背中に気配を感じた。何かの吐息を感じた。
闇に目を開いた。壁に立てかけてある愛用のバット――本来の目的で使われたことは一度もない――の位置を確認し、できるだけ素早い動きで振りかえると、明かりのスイッチを押した。
光に目が慣れるまで、若干の時間を要した。視力を回復したデサンは気配に目を凝らし、そして、凍りついた。
気配の主は、ありえない者たちだった。本来ならばじっと動けず、気配を発することなどできないはずの者たちだった。
デサンは天井から、ゆっくりと視線を下ろしていった。
天井近く、デサンの遥か頭上には、一羽の鶏がいた。異形の鶏が。たとえ全ての羽毛を失い、鶏冠を毟り取られ、首をへし折られてはいても、それが雄鶏だということは一目でわかった。そう、他ならぬデサンには。
鶏の足場には猫がいた。片方の瞳が、針のように細い瞳が、デサンを見つめている。もう片方の瞳は存在しない。そこにあるのは赤黒い空洞だ。乾いた血液が、頭部の毛を強ばらせている。ナイフでは切断しきれなかった首の骨が、頭と胴体をかろうじてつないでいた。
デサンはさらに視線を落とした。犬の姿が目に入った。顎の肉が削り取られ、骨が剥き出しになっている。針金で縛られた顎を開こうと、無理に暴れた結果だった。長かった尾は見当たらない。同じく針金で縛った場所から、その存在を無くしていた。恐らくは道端の杭に、今も縛りつけられているのだろう。
存在しない尻尾の先、犬の足元には、大きな黒い物体が四足で立っていた。それが動物だということは判別し難い――だがデサンは知っていた。それが牧場に繋がれていたロバであることを。逃れることもできぬまま、ガソリンをかけられ、火をつけられたことを。デサンはその場にいた。のたうちまわって苦しむロバが、次第に動きを止め、黒焦げになってゆくのを、デサンは見ていたのだった。そのロバがいま、デサンの部屋にいる。焦げた四本の脚で、この部屋の床を力強く踏みしめている。
屍たちは一斉に口を開いた。ロバの嘶き、犬の遠吠え、猫の喚き、鶏の鬨の声――動物たちの歌声に、デサンの悲鳴が重なった。
その声を合図にして屍たちは襲いかかった。抵抗する気力もないまま、デサンはロバの背に乗せられた。その上に犬が、猫が、鶏が飛び乗り、デサンを押さえつけた。
「さあ、これから最後のひとっ走りだ」頭の中で声が言った。
「送り届けてやるぜ、おまえを――地獄へな」
翌朝、目を覚ました両親は、デサンの姿が見当たらないことに気づいた。捜査に訪れた警察は、屋内に残された複数の動物の痕跡に頭をひねった。
捜査の経過で、デサンが動物たちに与えた虐待の数々が明るみに出た。が、それと誘拐事件の関連に気づいた捜査官はいなかった。恥じた両親はフレーメンを離れ、やがては事件も忘れ去られた。
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