ウンメイ弄び


第5話:一週間ぶりの学校


…真希と歩く通学路。
俺たちの通う私立白稜学園は、
俺達の住む町内を抜けて駅前に出てそこから5分程。通学時間は総計十数分だから、
二人で世間話しながら歩いてればあっという間に着く距離だ。
町内から通うのは同学年では多分俺達だけで、
いつもこうして二人で通学している。

「………」

そんないつもの風景のはずだが、
何故か俺だけが妙に緊張していた。
さっきの真希の表情を見てからだろうか。
……そう、
真希は幼なじみの俺が今、冷静に見てもかなり可愛い女の子だと思う。
多少(?)、気が強いところはあるが、
基本的には明るくて気さくな性格の持ち主で学校でも友達は多い。
それにこの容姿をくわえれば、男子生徒からの人気も高いだろう。
しかし、俺の知り得る限りでは今までに彼氏が出来たとかそういう話は聞いたことが無いし、
そういうそぶりも無い。
う〜ん、
よっぽど真希が面食いなのか、あるいはその気が無いのか……。
ま、余計なお世話か。

「どうかした?」

「へっ? な、なにが?」

「さっきからあたしの顔じ〜っと見ちゃってさ。
あたしの顔に何か付いてるの?」

「い、いや……、
なんでもないよ」

「ふーん、変なの」

自分ではただボーッとしているつもりだったのだが、真希が言うように無意識に真希の顔を凝視していたようだ。
言われて慌てて顔を反らした。

「くふふ、あたしに見とれんなよ?少年」

「安心しろ、例え地球上に俺とおまえ二人きりになってもそれは無い」

「お生憎さま、あたしもあんたとくっつくぐらいなら蛙さんとゲロゲロ言ってたほうがマシよ」

始まる軽口の言い合い。
しかし、蛙とゲロゲロって……そいつはちょっとした選択だぞ?

…こんな軽口の言い合いも俺らからすれば、
お互いの調子を伺うスキンシップのようなものだ。



そんな軽口も一段落ついて町内を抜ける辺り。
駅前に続く商店街が見えて来た。

「ねぇ……零二?」

立ち止まって、小さく、呟くように呼びかけて来た真希。
俺もそれに合わせて足を止めることにした。

「どうした?」

見ると何か躊躇している様子だ。
言おうか言うまいか迷っている感じ。
真希ははきはきとものを語るタイプだから、
あまりないことだ。

「一つ……聞いていい?」

覚悟を決めた、という感じで口を開いた。

「零二……無理とかしてないよね?」

一瞬、そう聞かれてどういう意味かが解らなかった。でもすぐに解った。
俺の復帰について聞いているのだ。

「ははっ、真希ちゃんに心配されるようじゃ俺も引退間近かな?」

「茶化さないでよっ!
……真面目に聞いてるんだから……」

別に茶化したつもりは無い。
真希が真面目であるかないかは表情見れば解る。

「大丈夫だよ」

先の言葉はこの言葉をいつもの軽口風に言い換えただけだ。

「本当に?」

「ああ」

まだ心配そうな面持ちで聞いてくる真希に笑顔で応えてやる。
それを見た真希もようやく安心したか、
すぐに表情を崩した。

「……そっか」

そう一言。
真希が聞いてきたのも無理もないのかも知れない。
姉さんを亡くした直後はあれだけ沈んだ顔していた俺だ。
俺としてはいつも通り真希と接しているつもりだが、真希からすれば明るく振る舞っているという風に見えてしまったのかも知れない。
真希は三年を見据えたこの二年三学期、
自分にとっても大事な季節なはずなのに、
俺のために授業のノートの写しやプリントを届けてくれたし、
食事の差し入れなんかもしてくれた。
世話好きな真希をお節介なやつ、と以前から思っていた俺がこんな事言っても都合よく聞こえるだろうが、真希の献身な手助けには本当に感謝してる。

「ありがとな」

「え?」

不意をつかれたのか真希が目を見開いた。

「お前には本当に感謝してる。 ……ありがとな」

自然と零れた感謝の言葉。一度、真希にちゃんと言いたかった言葉だ。

「……うんっ」

真希に対するせめてもの感謝の言葉。
それが伝わったのか、
真希は嬉しそうに笑ってくれた。
真希は俺を助けてくれた。
それなら俺も真希が困っているとき、
力になれる限り、助ける。
それは今までだってそう。
どちらかが悩みを抱えたとき、
お互いに相談して助け合って来た。
それが今日までの十五年で築いた信頼関係だ。
願うなら真希とはいつまでもこんな関係でありたい。
いつかはそれぞれの未来に向かって歩まなければならない日が来るだろうが、
せめてそれまでは。




「おっす、皆の衆」

『おお、瑞沢っ!』

『瑞沢くん、久しぶりっ』

予鈴前に学校につき、
俺や真希の教室に入ると、馴染みあるクラスメイトが出迎えてくれる。
ほんの一週間だが、
確かに久しぶりに会った感がある。

「心配かけたな、友たち!瑞沢零二は今日、完全復活を遂げたっ!」

わざとらしく胸を張って大声で宣言すると、
ノリの良いクラスメイトが『おぉ〜』という声と共に拍手をしてくれた。

「な〜に、かっこつけてんだか」

一人醒めたように肩を竦めているのは真希。
真希よ、こういう場ではノリを合わせておかないと将来職場で孤立するぞ。

労いの言葉をかけてくれるクラスメイトの間を抜けて俺と真希はそれぞれの席につく。
真希は俺の右隣りの席。
鞄を机の横にかけて、
一息ついてると後ろからぽんぽんと肩を叩かれる。

「明彦か?」

「その通りだよ、マイラバー」

俺は後ろを振り向かずに言葉を交わす。
全くホームルームまでゆったりしてようと思ってたのに……。

「人と人が話すときはお互い目を見て話すのが礼儀だと思うが? マイラバー」

「おまえに目を合わせて話す必要なんか無い。
それからマイラバーはやめろ。」

「ははは、相変わらずつれないなぁ、マイラバー」

この甘いマスクと声の持ち主は宮原 明彦(みやはらあきひこ)。
アイドル顔負けの容姿と学園始まって以来の天才的頭脳、そしてスポーツ万能と天は二物も三物も与えるのかという男。
ただし性格に難があり、
率直に言ってかなり変なやつだ。
俺とは高校に入ってから知り合い、今では認めたくはないが親友の間柄だ。

「やぁ、千歳君。
今日も相変わらず美しい」

「はい、はい、聞き飽きたわ」

「どうだい、今日放課後にゆっくりとお茶でも?」

「遠慮しておくわ。
宮原君とじゃあ、お茶だけじゃ済みそうにないから」

「言えてるな。
明彦とお茶に行くなんて真鯛が包丁を用意してまな板に乗るようなものだ」

……そう、
こいつは自慢の甘いマスクを利用した希代のナンパ師だ。
そして女癖が悪く、節操が無い。
俺の知り得る限りでも泣かされた女は数知れない。
社交性も高い明彦は街中を歩いていても普通によくモテる奴だ。

「ははは、つれないなぁ、二人とも」

普通に付き合う分には、
明彦もイイ奴なんだが…。
俺と真希はなおも言い寄ってくる明彦をシカトすることにした。

『はぁ〜い、はぁ〜い、
みんな座って〜っ』

すぐに俺にとって懐かしい声が廊下から聞こえてくる。
そう言われて、廊下にいたクラスメイトが続々と教室に戻ってくる。

「美奈先生が来たみたいね」

「……らしいな」

俺と真希が言い合うと、
俺はすぐに『はぁ』とため息をついた。
我がクラスの担任の登場に毎朝の事とはいえ、ため息をつかざるを得なかった。間もなく一人の若い女性が教室内に入って来た。
白っぽい色のスーツ姿は雰囲気と共に清楚感を感じさせる。

「はぁ〜いっ、みんな、おはよっ……って、あぁーーっ!」

……やっぱりな。
俺の姿を見るやいなや甲高い声を上げるその人。
手に持った出席簿やプリントなどを教壇に置くと、
真っすぐ俺の机に近づいてくる。

「零ちゃんっ、零ちゃんじゃないっ♪」


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