ヴァディア第1章
第1話:箱庭
周囲は闇。光もささず音もない空間。その闇にほんのり光る箱庭があった。それを楽しそうに覗き込むのは、年齢のよくわからない人物。青年の域だろうが、はっきりいくつとは判断できない。
「この辺が終わりどころかなぁ」
箱庭を楽しんでいたはずの青年はいきなり、美しく完成されていた箱庭を細手で粉々に砕いてしまった。ただその手を箱庭の中に突き入れただけ。なのに箱庭はあっさりと砕かれた。
「作り上げて観賞も楽しいけど、この壊す時も楽しいんだよなぁ」
粉になってサラサラと闇に消えていく箱庭になんの感慨もなく残酷に青年は笑う。
「完成しちゃったら後は観賞して壊して捨てるだけ。だってもうそれ以上作ることがないもの」
「お前はコレクションするということを学習しないようだな」
闇に不意に現れたのは青年と同じく年齢のわからない女性。青年は秀麗な細面に自分の正面に現れた女性に笑顔を浮かべた。
「僕は姉さんのように、作った物を取っておく気はないよ。」
だって、と闇より暗い瞳が笑う。
「箱庭が汚れて行くのは見たくないもの」
「朽ちてゆく様もまた命の尽きる美しい瞬間だぞ」
「それは姉さんの意見でしょ」
姉の不快気な顔を見つめたまま青年は細手にゆらぎを作り出す。
「次のダークマターか」
女は腕組みして暗黒の球体を見つめる。「新しい世界『ヴァディア』だよ。姉さん」
暗黒の瞳が楽しそうに笑う。彼らに生かされ、作られる世界は完成すれば、破壊されてしまう。
彼らは理想郷を目指しているのではない。世界は箱庭であり、命の完成を観賞して楽しむためのものなのだ。
「ねえ、姉さん。少し付き合ってみない?僕の箱庭に」
女は軽く瞳を開いた。世界創造主以外は不可侵が主流だからだ。それが姉弟でもだ。
「いいだろう。いろいろ手直しをしてやる」
女は頷いた。面白そうな申し出を断る言われもない。
青年は更に笑顔になる。
「手直しは構わないけれど、ほどほどにね」
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