ヴァディア第2章


第10話:記憶


「はい、呪印はカルシール様に確かに施しました」
意識を失ったカルシールをベッドへ寝かせ、グウィネスは誰かと話していた。
「後悔はしていません。本質が目覚めても、呪印があれば逆らうのは不可能ですから。」
錆色の瞳は揺るがない。とっくに腹はくくった。
部屋の外から、数人の足音が近づいてくるのをグウィネスの耳は聞き取った。
あれだけ音がたてばいやでも誰か来る。
おとなしそうに見えて、この王子は暴れてくれた。
「ネプトディアでお会いしましょう」
そっと、カルシールの頬をなでるとグウィネスは部屋を後にした。
******
何があったのか、気がついたら部屋は荒れていて、自分は何も覚えていない。
ただひどく全身がだるかった。
何があったのか問われても、覚えていないので答えようがなかった。
困惑するカルシールのもとへ、騒ぎの報告を受けたラーズベルトがやってきた。
「もう少し護衛をつけておくべきだったな。怖い思いをされただろうに」
「申し訳ありません。私がきちんと覚えていればご報告申し上げられるのに…」
心底自分を心配しているのか、ラーズベルトは端整な顔に、気遣わしげな表情を浮かべていた。
「貴方は大変だったのだから、覚えていないのを気にすることはない」
大きな手がカルシールの頬に触れ、薄いブルーの瞳がカルシールを映す。暫くそのままでいたが、じっと見つめられて落ち着かなくなり、うつむいた。
暫くそのままでいたが、顔を上げると、氷月のような眼光を放つラーズベルトに全身が凍り付いた。ラーズベルトが怒っている。
「…怖がらせたな。申し訳ない。ゆっくり休まれよ」
カルシールの怯えに気がついたラーズベルトは苦笑いすると、頬から手を離して立ち上がり、部屋をあとにした。
ラーズベルトが退室したあともカルシールは怯えが抜けなかった。
自分に対して怒ったのではないにしてもあんな目をしたあの方は怖い。
休みます、と世話付きの者に言いおいてカルシールは横になった。
新しい部屋に移されたのはカルシールがすっかり熟睡している間に、行われたのだった。


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