ヴァディア第2章


第33話:喰らうもの


その存在は、彼には分かっていた。
呼ばれていることにも。
深い深淵、深い闇のような海の底。
そこにいる、銀緑色の海の王。
「お前、どうして俺を呼ぶ?」
シジフェス・クロイツフェルトは夜中のバルコニーに立っていた。兄アルクレイが叔父邸から帰って来るや暴れるためロクに寝付けられなかった。そこにこの声だ。
―何度も言わせるな。触媒がきたからだ―
「触媒?」
―お前たちは弱すぎる。殻を破るには足りないんだよ―
深淵で銀緑色の竜が唸る。
―やっと出られる。やっとうごける。―
苛ただしさと歓喜に声は震えていた。
―もう、物のようにこき使われなくて済みそうだ―
「?」
―外は楽しい事になってるな。ネブラスカに合うのが楽しみだ―
ゆらゆらそれは登ってくる。
あまりにも不気味な、押しつぶされる異質さで。
―悲願だったんだろ?リヴァイアサンの召還。もうじき叶うよ。ま、とりあえずは『中身』だけでも外に出られる ―
「触媒のおかげでか」
―そうだ。やっとだよ。―
ぐうっと水面を突き破るイメージでそれは来た。
シジフェスの頭の中に、銀緑色の竜が迫ってきた。
―お前たちが召還したがってた俺がリヴァイアサンだ―

思念は声もないシジフェスを取り巻いた。
―とりあえず、ただいま。『俺』―
シジフェスの目が見ひられる。
培い構築された『シジフェス』が否定されていくのだ。
必要なのは本来の自分。
『これ』はイラナイ。
銀緑色の竜が完全にシジフェスを喰らい尽くしていく。

「やっとこれを見つけられた。ぶんどられた俺」
瞳の色は銀緑色に変わった。
「中身はよし。あとは体を引っ張り出すだけだ」

リヴァイアサンは瞳に怒りを浮かべた。「やつら…水底に沈めてやる」


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