ヴァディア第2章


第8話:眠れぬ夜


カルシールはネプトディアの王子2人に対面したその日の夜、なかなか寝付けなかった。使っていたかつての部屋ではなく、見栄えはあるが簡素な部屋で、必要最低限の調度品や家具しか置かれていない。いずれネプトディア本国へ移送される身であれば、身辺の配慮は最低限のものになる。にしても、采配したラーズベルトはガルテアの王子だから、扱いを粗雑にするような狭量さはないようだ。
ネプトディアに移送されても、酷な扱いはされないだろう。ネプトディアに取り入る材料として自分を売ったグウィネスは憎い。あれから彼に会ったことはない。求められても会う気はないが。
会えば、自制心のタガが外れてしまう気がする…誰かをこんなに嫌いになったのは初めてだ。かといってネプトディアの王子2人が味方とは、カルシールは思っていない。特殊な世界に身を置いてきた勘だった。こちらに利用価値があるからガルテアの王子でもネプトディアへ連れて行こうとしているのだ…素性まで変えて。心から話せる味方が欲しいとカルシールは思う。以前は姉エフェミアがいた…彼女だけには何でも話せた。自分には裏表ない姉だったからカルシールは姉が好きで、姉の力になりたいと思った。自分が姉の臣下として仕えられれば大人達だって次の王のことで争わなくなると思っていた。
しかしそれは子供の単純な考えでしかなかったのだろう。
敵はさらに内側からもやってくるのだ。
「姉上…ご無事でいらっしゃるだろうか」
カルシールの家族達は軟禁されたと聞く。姉もガルテアのどこかにいるのだろうか?姉が生きてさえいてくれればカルシールは良かった。
自分を不幸と思うのは止めた。現状を受け入れて生きていつか、ネプトディアから抜け出すのだ。今は下手に動いてはいけない。
ネプトディアがこちらを利用するならすればいい。こちらもそれを利用してみせる。
ネプトディアの王子2人はこちらの思惑を気づいているだろうか…。
ラーズベルトの眼差しは柔らかいがどこか恐い。
カルシールはそれを振り払うように頭からシーツをかぶった。
…眠れない。
ベッドから抜け出して窓辺へ歩みよる。漆黒の夜を鮮やかなブルーに染める満月がかかっていた。
「僕はラーズベルト殿下が恐いです…姉上…」
満月の光は見えない鎖のようにカルシールをてらしていた。


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